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祇園祭の京都、朝ランのコースを鉾の方へ変えた話

7月の京都は、街の音が変わります。

どこからかコンチキチンのお囃子の練習が聞こえはじめて、四条通のあたりに鉾が建ちはじめる。今年もその季節になったな、と思います。

私はほぼ毎朝走る&土曜日はロングジョグで市内中心部に向かうことが多いのですが、この時期だけは、わざわざ鉾の建っている方へコースを変えています。

目次

鉾建てがはじまると、走るコースを変える

7月の10日ごろから、前祭の鉾建てがはじまります。

日中は観光の人で埋まる界隈も、朝早くはほとんど人がいません。普段と違う光景が街に現れるのだから、見に行かない手はない。そのくらいの気持ちでコースを変えています。

混雑を避けるという後ろ向きの話ではなくて、どちらかというと「わざわざ見に行く」という感覚に近いです。日中は人で埋まる四条界隈も、朝早くは貸切みたいなものですから。

観光地に住んでいると不便なこともありますが、こういうときは、ちょっと得をしている気がします。

朝の鉾は、途中でもゆっくり見られる

今日走ったのは、鉾を建てはじめて2日目の朝でした。

なので、まだ全然途中で完成した姿とはまるで違います。ただ、この「途中」が面白いんですよね。

近くで見ると、釘を一本も使わずに、縄だけで木を組み上げているのがよくわかります。縄がらみというそうです。太い縄が幾重にも巻かれて、木と木ががっちり固定されている。これを毎年、建てては解いてを繰り返している。

完成した鉾も立派ですが、こうやって出来上がっていく途中のプロセスを間近で見られるのは、なかなかありません。人がいないから、立ち止まってゆっくり眺められる。日中には絶対にできない見方だなと思います。

「あ、今年も建ってきたな」と、街全体が動きはじめているのが伝わってきます。

プロセスが見られる、というのが面白い

途中でも見られる、というのは、考えてみると贅沢なことだなと思います。

普段、私たちが目にするものの多くは、たいてい完成した状態です。お店に並んでいる商品も、街にある建物も、誰かがつくり終えたあとのものばかり。途中を見せてもらえる機会は、意外と少ない。

鉾建ては、その途中を街の真ん中で堂々と見せてくれます。しかも毎朝、少しずつ姿が変わっていく。同じコースを走っていると、昨日と今日で街が違うのがわかります。定点観測のような面白さがあって、走っているからこそ気づける変化だなと思います。

これは自分の仕事にも通じるところがあるなと、走りながら少し考えていました。

税理士の仕事も、外から見えるのはたいてい出来上がった申告書や決算書です。でも実際には、その手前に地味なプロセスがたくさんある。

資料を整えて、数字を確認して、組んでは崩してを繰り返す。鉾建ての縄がらみを見ていると、そういう「途中の手間」こそ大事にしたいな、という気持ちになります。

音の話、少しだけ

もうひとつ、最近聞いた話。

コンチキチンのお囃子の練習について、うるさいという苦情もあるそうです。

これはなかなか難しいところだなと思います。祇園祭は千年以上続く伝統行事である一方で、その場所には日々暮らして働いている人もいる。

音の感じ方は、人によって本当に違います。同じ音を「風物詩」と受け取る人もいれば、「騒音」と感じる人もいる。

どちらが正しいという話でもなくて、感じ方の評価がそれぞれ違うからこそ、線を引くのが難しいし毎晩その音の近くで暮らしていたら、また違う感じ方になるのかもしれません。

答えは出ませんが、どこかに折り合えるところがあるといいな、とは思います。

巡行が終わるまでの、期間限定のコース

前祭の巡行が終わると、鉾は解体されて、街はいつもの姿に戻ります。

建てては解いての繰り返し。あの立派な鉾も、数日たてばまた縄がほどかれて、木の部材に戻っていく。そう思うと、いま目の前にある「途中」も、限られた時間のなかにしかない光景なんだなと感じます。

期間限定のコースを、今年も走れている。それだけで、7月はちょっと得した気分になります。

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この記事を書いた人

ひとり税理士として独立開業した京都在住の税理士です。ひとり税理士としてチャレンジしていること、考えていることなどを発信していきます。

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