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自分が「あまのじゃくかも」と感じる瞬間はありますか?

少数派がいいと思えるか

おはようございます、京都の若ハゲ税理士ジンノです。

みなさんには自分自身が「あまのじゃくかも」と感じる瞬間はあるでしょうか?ぼくにはあります。

仕事をする上でもプライベートでも、いろんな情報に接するとき、ふと「ホントに?」と感じることもありますし、「余計なお世話だ」と思うこともときどきあります。

 

あまのじゃく、とは

ひらがなで書くと「あまのじゃく」ですが、漢字になると「天邪鬼」となり、鬼がでてくるイカツイ言葉です。

 

語源としては鬼なんですが、

「人の心を見計らっていたずらをする小鬼」から転じて、現代では「他者(多数派)の思想・言動に逆らうような言動をする”ひねくれ者”、”つむじ曲がり”」を指して、「あまのじゃく(な人)」と称されるように

(Wikipediaより)

 

多数派の意見に乗っからない、ちょっと”ひねくれ者”というとわかりやすいですね。

 

そもそもひとりで税理士業をやっていて、拡大志向ではない、という点で多数派ではなく少数派かなと思います。自供としても”あまのじゃく”な状態のぼくです。

 

仕事の内容としても法人顧問もお引き受けしていますが、相続のお仕事もメインの柱としてやっていますので、その点でもあまり周りのひとり税理士さんには多くないかなと。

 

ブログをやっていたりメルマガをやっていたり、Webで営業活動をしていて、なおかつひとり、というとあまのじゃくな状況だらけでしたね、振り返ってみると。

 

疑ってかかるのとは少し違う

状況としてはもろにあまのじゃくなのですが、考えとしてはどうでしょうか。

 

疑ってばかりと言われるとそうではないかなと。もちろん信じることも多いですし、信じることから始めます。

 

疑心暗鬼や疑ってかかるというのとは異なり全面的に受け入れることをよしとしないというか。長いものに巻かれるのがイヤというか。

 

あまのじゃくではあるのですが疑い深い人、ではないと自己弁護しています。

全面的に受けれることなく、立ち止まって少し考えてみるというのが当てはまっているような気がしています。

 

お客様の申告書を作ったり、決算書を拝見する作成することが多い仕事としては、なにか間違いや不具合には気が付きたいところです。そういう意味でも全面的に信じるというのはキケンと言えばキケンかなと。

 

何かあるかもしれないと思ってみるのと、そうではないのでは違いがあると考えていますので、そういう視点を持って申告書に接するようにはしています。

少数派でいいと感じている理由

そもそもが少数派である状態なので、多数派の考えというのはなじまないなと思っていて。

 

退職するときに有給休暇を退職前にまとめてとることは前例がない、といわれたことがあります。暗に有給が余ってもしかたないよねという物言いだったので、まとめて取るのがダメなら分散させて絶対に使い切る、と思ったり。

 

固定残業代という余り良くない制度もありますが、こちらについても設定された固定残業時間よりも短く仕事を終えてやろうと思ったり。

 

反骨精神というと聞こえがいいかもしれませんが、少数派だと生きづらさも感じるかもしれません。

でも、自分で選んだ一人でやっていく、という方法でその分お客様のことが見られるかなと考えています。

 

組織になじめない場合にはこういう生き方でもイイよなと、組織で立ち回るコトの大変さをその分お客様に向けられている、と考えています。同じ労力ならお客様にというのは悪いことではないですよね。

 

孤独ではありますが孤立しないようには気を付けていて、孤独感に心地よさを感じたりもします。自分の仕事の進め方は独立すればそれこそ自由です。

 

いまは家族が入院していますが、夕方に毎日顔を見に行くことができるのもひとりで仕事をしていて自己完結できているからです。せっかくとった資格です、世間的にも難しい資格だと言われています。

その資格をどう使うか、自分で決めることができるのも楽しいものです。

 

少数派でいても多数派と近寄らなければいいだけで、別に多数派の人が悪いわけでもないですし勉強になることもたくさんあります。考え方の違いを受け入れる、生き方が違うんだなぐらいでよいかなと。

 

まとめ

一人でやっているというと圧倒的に少数派である開業税理士の世界です。

あまのじゃくでも少数派でも、自分の考えたことに対して実直に進めていけるそんな人になりたいです。