最近、金曜日の午後を「何も入れない時間」にしてみることにしました。
仕事を詰め込もうと思えば、いくらでも詰め込めるのはわかっています。それでも、あえて空けておく。
野菜の買い出しに行ったり、ふらっと美術館に寄ったり。何も考えずに、ただ車を走らせるだけの日もあります。
今日は、そんな半日の話を書いてみます。
金曜の午後を、あえて空けてみた
なぜ金曜の午後なのか、というのは自分でも少し考えてみました。
ひとつは、週末前で気持ちがゆるむことです。金曜の夕方になると、どうせ集中力は落ちています。無理に机に向かったところで、あまりいいものは出てきません。
もうひとつは、平日のうちに余白を置いておくと、週明けの効きが違う気がすることです。
土日に休んでも、それはもともと休みの日ですから、なんというか勘定に入らない感じがあります。平日の真ん中で手を止めるほうが、体感としては効く。
比較的土日も仕事をしてしまっている自分がいますので、その前段階で休みを入れておくというのもよいかなと考えてのスケジュールです。
予定は、埋めようと思えばいくらでも埋まります。だからこそ、意識して空けておかないと、余白のほうから来てくれることはありません。
ひとりで仕事をしているので、こういう調整を自分の判断だけで決められる。そこは正直、ありがたいところです。
野菜の買い出し、美術館、あてのないドライブ
では実際に何をしているかというと、たいしたことはしていません。
多いのは、野菜の買い出しです。亀岡のほうの直売所に寄って、その日に並んでいるものを見てから決める。夏場はトマトやきゅうりが山積みになっていて、見ているだけでも楽しいものです。

買い物リストを持たずに行くのが、たぶんいちばん気楽なのだと思います。
それから、美術館や博物館。仕事が少ない時期に以前はよく行ってましたが最近は足が遠のいていました。
平日の昼間は、とにかく空いています。館内の音が自分の足音くらいしかない時間帯があって、あの静けさが好きです。
何を観たかは、正直あとになると忘れていたりします。それでも、あの静かな場所にいた時間だけは残っている気がする。
あとは、あてのないドライブです。
行き先を決めずに、川沿いの道をなんとなく走って、気が向いたところで折り返す。どこにも着かなくていい移動というのは、案外気持ちのいいものです。
夏の京都は、外を歩くには暑すぎます。その点、車の中と空いた館内は、この時期にちょうどいい居場所だなと思っています。
ぼんやり車を走らせているときにブログやメルマガのネタがアタマに浮かんでくる、みたいなことも意外とあるものです。
予定がない時間は、少し落ち着かない
とはいえ、最初からうまくいったわけではありません。
白状すると、はじめのころは落ち着きませんでした。
急に半日空くと、手持ち無沙汰になります。買い出しの帰りの車の中で、つい仕事のメールを開きそうになる。信号待ちでスマホに手が伸びかけて、やめる。そんなことを何度かやりました。
「何もしない」というのは、実は練習がいるのかもしれません。
何回か続けてみて、少しずつ慣れてはきました。慣れたというより、そわそわしている自分に気づいても、まあいいか、と流せるようになった、という感じでしょうか。
いまでも、頭の片隅で仕事のことを考えている時間はあります。完全に切り離せてはいません。
それでも、「今日の午後は何も予定がない」という状態そのものに、以前ほど身構えなくなってきた気がします。
時間の使い方は、自分で決められる
半日を空けてみて思うのは、たいそうな効果があったということよりも、時間の主導権が自分の側に戻ってきた感覚のほうです。
金曜の午後をどう使うかを、自分で決める。
書いてみると小さな話ですが、これがけっこう効きます。実際に何をしたかよりも、自分で決められた、という事実のほうが大きいのかもしれません。
そしてこれは、ひとりで仕事をしていることの、数少ない特権でもあります。
